『アスベスト・中皮腫より

     発ガン機構について考える』

はじめに:

今日私たちは、以前よりも医療がかなり身近な存在になった。“ガン”という病名は現在では、小学生でもわかる名であろう。さらに、アスベストという名も近年よくきくようになった。しかし、この二つの関係は実によく知られていない。私自身も全く知らなかったので、今回興味を持ち調べてみようと思った。

 

 

選んだキーワード:

  (アスベスト)  (発ガン機構)

    

 

概略:

アスベスト(石綿)は、天然の繊維状のケイ酸鉱物で、北米特にカナダ・ケベック州に埋蔵量が多く、その代表的産物として白石綿(温石綿)、青石綿あるいは茶石綿がよく知られている。この石綿は絶縁性や不燃性に優れているため断熱材や塗料などの建築資材、織物、ブレーキライニングやパッドなどに幅広く利用され、古くはエジプトのミイラを包む布としても使用されていた。わが国においても竹取物語に石綿に関する記載がみられ、また、平賀源内は石綿を布にして幕府に献上したとのことである。

アスベストによる健康被害については、1959年に欧州で悪性中皮腫との関にはWHOの下部組織である国際がん研究機構(IARC)の専門会議でアスベストの発がん性が指摘され、以降アスベスト(特に青石綿と茶石綿)の使用が欧米各国で規制あるいは禁止されるようになった。わが国ではアスベストの輸入量がピークを迎えた1970年に建築現場での吹きつけアスベストが使用禁止され、1980年には全国各地の小学校の建物あるいは実験機材(アスベスト金網)への使用が問題となり、その後にアスベスト金網は姿を消した。しかし、現在でもアスベスト(白石綿)は依然として使用されており、全面禁止には至っていない。特に1995年の阪神大震災で倒壊した建物の解体工事でアスベストの飛散が問題視されたが、現在においても建築資材にアスベストを使用した古い公共施設や家屋の解体処理に同様な問題が発生し、ヒト健康影響への懸念は未だに払拭されていない。このようにアスベストの危険性については早くから指摘され認識されているのにもかかわらず、今のこの時期に再びアスベストの問題が勃発したことに対してはリスクマネージメントおよびリスクコミュニケーションが不十分だったと言わざるを得ない。

では、そのアスベストは生体内でどのような反応が起きているのだろうか?

Robinsonらのグループはそれを明らかにした。

 

アスベストが悪性中皮腫の発症にあたっては、発生母地である胸膜に入り込んだアスベスト繊維が肺に刺激をあたえ、局所に慢性炎症を与えると考えられる。

最初の段階では、繊維が細胞の分裂を阻止し、酸化ラジカルによる障害が加わることにより腫瘍に進展すると考えられている。繊維はさらに、局所の中皮細胞での細胞内シグナル伝達系を刺激しFOS/JUNなどの転写因子の発現を増加させ、いくつかの成長因子(TGFβ、PDGFA)を誘導して、中皮細胞が増殖する。

SV40が悪性中皮腫発症の促進因子として考えられている。このポリオーマウイルスのDNAが悪性中皮腫をはじめ脳腫瘍や骨腫瘍で検出されるが、悪性中皮腫発症における役割およびアスベストとの関係はまだ明らかではない。

アスベスト誘導による悪性中皮腫の動物モデルでは、悪性中皮腫は多くの染色体異常を伴い、共通には、P16INK4AP14ARFならびにNF2などのtumor suppressor遺伝子の異常が認められる。

Robinsonらは、serum mesothelin-related proteinSMRP)蛋白が中皮で産生され、中皮細胞の接着とシグナル伝達に関与することを報告している。とくに、SMRPは悪性中皮腫において血清中に増加することから、悪性中皮腫の腫瘍マーカーとして注目されている。悪政中皮腫と診断された患者の60%以上、悪性中皮腫患者のうちアスベストに暴露された患者の84%でSMRPが増加することが報告された。アスベスト暴露のどのくらい後にSMRP濃度が増加してくるのか、すなわち、早期診断が可能かどうかは今後の検討が必要である。最新のDNAマイクロアレイによる遺伝子発現のプロファイル解析も非常に行われており、候補遺伝子の遺伝子検査での有用性が期待されている。

次に、translational researchについて述べる。

 

上でも述べたように、中皮腫は胸膜や腹膜にできる悪性腫瘍の一種で、ヒトではアスベストを肺内に吸引することにより発生することが指摘されており、”Asbestoma“と呼んでもよい腫瘍性疾患である(ラットでは、自然発症の中皮腫である)。しかし、肺内に吸引されたアスベストがどのような機序で肺外壁の胸膜あるいは腹膜に腫瘍を誘発するのかについてははっきりとはわかっていない。アスベストにより誘発される中皮腫は、暴露から発症までの潜伏期間が35年前後と長く、一旦発症したら治療が難しいため早期発見・早期治療が必要である。しかし、現在用いられている診断法は、断層撮影(CTスキャン)あるいは生検材料による診断で、検出されたときには既に進行していることが多い。

樋野のグループらは、遺伝性ラット腎発がんの進行過程で高発現してくる遺伝子(Erc)を以前に発見した。このErc遺伝子産物は、血中に分泌され、遺伝性ラット腎がんの血液診断に使用できることが、明らかにした。正常ではラットも、ヒトも胸膜や腹膜の中皮に存在することから、中皮腫になれば同蛋白が増加し、ヒト悪性中皮種においては腫瘍マーカーになりうることが予測された。そこで、ELISA系を(株)免疫生物研究所と共同で中皮腫を血液で診断するキットの開発を行った。

順天堂大学では、「アスベスト・中皮腫外来」が全国に先駆けて開設されることになった。

次に、アスベストの検査について述べる。

 

中皮腫患者において、アスベスト小体が肺の解剖で、見られることは、教科書にもよく知られている。以前の立山らの研究では、連続的な194例の解剖例のなかで、アスベスト小体がまったく見られなかった例はわずか2例(1%)で、当時の基準で肺湿重量5gあたり、140本 84例(43.8%)、41−150本 52例(27.1%)、151−500本 29例(15.1%)、501本以上 27例(14.0%)とのことである。

アスベストの測定は、以前は湿重量で計算されていたが不正確になるということで近年は乾燥重量1gあたりで表現されている。肺組織を消化し、メチレンフィルターで濾過して、フィルター上を位相差顕微鏡で計測するのが標準的な検索方法である。神山らの報告では、中皮腫例には大変ばらつきが多く、20本から30万本の範囲にあり、1000本以下の例も38%あるとのことである。

井内先生(広島大学病理学教授)らの検討でも、同様のばらつきが報告されており、閾値といえるものがないようである。ただし、小体と繊維の数は必ずしも一致しないので、電子顕微鏡レベルで繊維を計測することが必要となってくる。また、神山によれば、一般住人レベルでは1000本以下、職業暴露者では5000本以上、その間は職業暴露の疑いとしている。5000本以上というのは組織切片1平方センチあたり2本の小体を見ることに一致すると推測されているようである。

最後に私達住民の継続的追跡調査の体制整備に向けてどのようにしていくべきか、ということを述べたい。

 

このように、アスベストによる健康被害は、アスベストを扱う工場従業員から周辺住民まで広がり、多くのヒトが漠然とした不安に悩まされ、事態は一層深刻化してきている。住民の不安の原因は、どのくらいの期間、どのくらいの量のアスベストに暴露されると中皮腫になる危険性があるのかが曖昧なためである。今こそ政府は、被害者の救済にむけ、「アスベスト・中皮腫より発ガンを考える」をテーマにした国家プロジェクトを立ち上げるべきであろう。政府が取り掛かるべき課題は多いが、まず診療体制の充実があげられる。アスベスト暴露から中皮主の発生までの長い潜伏期間(35年前後)を考慮し、被爆者の継続的追跡調査を行う体制整備が不可欠であり、また、診断から治療まで総合的に引き受ける診療機関の全国的ネットワークが必要であろう。一方、基礎研究面ではアスベストによる中皮腫の発ガンメカニズムを明らかにすることであり、発ガンの仕組みがわかれば、根治に難しい中皮腫の治療法に光明が見えてくるはずである。

アスベストは、建材をはじめとして、広く一般的に使用されていた。そのため、アスベストによる健康障害を発症しないかとの強い不安を多くの国民が感じている。国民の健康障害に関する重要課題解決型研究として、アスベスト・中皮腫の克服に向けた総合戦略は「目下の急務」であろう。

この機を逃さず環境発ガンの問題に国家事業として社会全体で真剣に取り組まないと、今後第二あるいは第三のアスベスト問題が必ず起きるであろう。研究者も傍観者にならずに「茨の道にも」知恵を絞り出すべきである。

 

 

引用した文献:

        「医療問題懇談会」

  「アスベスト・中皮腫より発ガンについて考える」・・・樋野 興夫

 

 

        「悪性中皮腫の発症機序」・・・船渡 忠男

 

 

考察:

概略でも述べたように、アスベストを吸い込んだことによってガンを発症したヒトは、長い潜伏期間を経ている。確実に早期発見がカギになってくるだろう。

将来、医師を目指す者として、私は、CTスキャンや生検材料による診断よりもさらに早く診断する方法が必要であると考えている。また、国も曖昧な態度を取るのではなく、アスベストに対して、真剣に取り組んでいくべきであろう。

 

 

まとめ:

私は今回、アスベストと発ガン機構について考えた。概略でも述べたように、

アスベストがどのように発ガンと関わっているのかは詳しくわかっていない所がまだまだある。しかし、間違いなく、アスベストを吸い込むと発ガンの危険性が増す。依然としてアスベストが日本で使用されている。もっと一人ひとりがアスベストに対して認識し、対策を取るべきである。

手遅れになる前に・・・・。